★合理的なジャンケン機械? ――ジャンケン理論、まだやるのぉ?(停

とりあえず、ようやく市民権取得^ ^
カウンタ5000突破をいちおう記録しとくか。おそらく半分以上は自己アクセスだろうが......設置はid:mind:20040416


id:mind:20040418から、ジャンケンつながり。
id:mind:20040517から、ゲーム理論つながり。
 私がジャンケンに拘泥しているのには、深遠な思惑があるのです。――もはや泥沼化w
もちろん、いささか大げさなタイトルのこのblogでのお話しですから、
    囚人のジレンマ
、との関係です。
 その理由はと言えば、......
後ほど明らかにされるでしょう。――伏線かよ!


いきなりですが、
 じゆうべえ、ケンの道、勝負は心のものぞ ――なんかで聞いたな;
 敵を知り己を知れば、百戦して危うからずじゃ
ってどういうこと?


 とりあえず
    J:ジャンケンの利得表    ――とうとうメンドウでも利得表を書く気になったのねっ

                P2(から観ると符号は逆)
               G   C   P
        P1 G   0   1  -1
           C  -1   0   1
           P   1  -1   0

 利得表を観るだけで、これがゼロサムゲームだと解る。
すなわち、どのマス目においても、P1とP2の利得を合計すると一定となっている
ジャンケンの場合は「ゼロサム」の文字通り合計0となっていて、これが、player間のルール上の対称性、公平さを保証している。


 いま、P1とP2が利得表ボードを挟んで向かい合っている。
      P1   (J:利得表)    P2
 この利得表は両者の"共通認識"となっている。
 P1は、利得表を知っているし、P2がそれを知っていることも知っている......逆も然り。
 ここで「BNx」という記号を、playerNはxを認識しているという意味に定義する
と、すなわち、
 B1J: P1はJを認識している    B2J: P2はJを認識している
B1B2J: P1はB2Jを認識している B2B1J: P2はB1Jを認識している
B1B2B1J 〜          B2B1B2J 〜
    ......むげん〜、ふくざつ、ふらくたる?......
――「共通認識」と一言で言うが、厳密に表わそうとすると大変だ;


 次に、playerたちは、
    自己の"利得表上の利得"の最大化 を目標とする
と仮定する。また、
    自己の知識 と、
    自己の思考法則
とに基づいて、機械的に選択を行う、と仮定する。 ――これを「合理性」というのかなぁ?
 この後半は、たとえばP1は、(P2も同様)
    P1の内部状態      J      P2の内部状態 ――"P1P2ジャンケン世界"の状態 ――大げさだなぁ〜
のうち、自己の信じてる(知っていると思ってる)部分をDATAとして、
自分の使える推論規則を基に、次の手を決定するということ。
この過程に、ランダム性は一切混入しないとしておく。
 推論が進むと、刻々とP1の内部状態は変化し、
あるところで、自分の手が決定される。たぶん。――決定不能問題ってのもあるんだっけ
 そして、ポンと出したところで、その手は相手方にも認識可能となり、共通認識となる。
    P1の内部状態      J      P2の内部状態
     〜〜   G     G J C     C  〜〜  ――ジャンケン世界の様相の変遷


機械的に選択を行う、とは何を意味するか? ――何のためにこんな七面倒くさい分析をするのかでしょ。
 それは、我々筆者や読者のような外部の観察者が、その機械の、
    取込める(意識的な)内部状態,取込める外界状態
    推移規則
を知っていれば、その機械の決定する選択
が完全に予測できるということである。
 両者とも機械的に選択を行うと仮定したから、
上記を知っていれば、両者を併合した機械系の双方の手を決定した状態、を予測できる、つまり、どちらが勝つかを予測できることになる。


 それでは、我々には理論的にはできる、この勝負予測は、
<P1機械(P2も同様)にも可能であるか
 たしかに、上記を凡て知っていれば、機械的な計算によって、予測可能なのであろう。
推論規則の数などたかがしれているから、相手がどのタイプの推論機械か識別することはできるかもしれない。
 しかし、P1は、神ではないから、
    P2の内部状態を観測する能力は限定的にしかない。
――我々は両機械について、programし,観測入力装置を実装する、あるいはそうした説明を理解することによって「神」になれるが。
 よって、
 P2が取込める内部状態について
    P2の内部状態は解らないし、P2がそのうち何を意識したかも解らない。
 P2が取込める外界状態について
    P2が、Jと自分P1とを観察しJについて共通認識を得たのは解るが、
    P2が、自分P1の内部状態のうち何を観察できたのかは、解らない。
 したがって、P1が、P2の次の手を予測するのも、どっちが勝つかを予測するのも、とりあえず不可能である。
――これだけ大上段に振りかぶって、このまったくもって当たり前の結末ですかぃ?
 P1P2が合理的な 人間 だったとしても、神ではないので、同じことである。だからこそ、実際のジャンケンがゲームとして成立っている。
――そんなこと幼稚園児だって知ってるよ。


それでは、
<全く、P1は、相手の手について予測不可能なのか?
※もしそうだとすると、
 相手の心を読もうとするのは不可能に挑戦する空しい闘い、面白くなくなる。
ので、ジャンケンは全く詰まらないゲームということになる。
利得表Jの情報に頼るしかなくなる。ちなみに利得表Jの情報が共通認識になっているかには関心を持たない。
⇒ジャンケンはゼロサムゲーム。
ミニマックス戦略を採れば均衡点での期待利得0より負けることはない。
→サイコロを振り続けるのが最良の戦略となる。
⇒P2も、全く、相手の手について予測不可能。※に戻る。





/そんなことはない。
 推論規則の数などたかがしれているから、相手がどのタイプの推論機械か識別することはできる。
また、実際のジャンケンにおいては、
    相手も自分と同じ人間だ
という共通認識がある。同一生物種として、人間という動物のハードウェアは基本的に同一なわけだ。
 この知識を利用すれば、相手の内部状態を観測する能力は、限定的だが、存在する。
 まず、自分の心を空っぽにして、相手の普段の言動などを思い浮かべ、その思考・行動programとも言うべき「ソフトウェア」を自分に「インストール」する。
 次に、相手の目になって、客観的外部状況と自分とを見つめる。するとやがては何か答えが浮かんでくるだろう。
 それが、相手の出した答えだ。たぶん。
 小説でも、ポーの『盗まれた手紙』に、相手の表情をマネすることによって相手(の知性)との同化を試み、相手の気持ちを推測し、(私がDuankenと呼ぶところの)ジャンケン類似のゲームに勝つ少年のことが出ている。
 これを、

  • 共感とか、
  • 追体験とか、
  • Role Playとか、
  • なりきり思考実験とか、
  • 人の目を通した内観とか、外ヅラばっかり気にするとか、 ――日本人これ得意ですね
  • 共通感覚(社会常識的判断)common senseの探求

とか言う。
――それまでの時代場所においては「突拍子もない」"思惑"も、人々にcommon senseとして受容れられる普遍性を持っていれば、真実に化ける、という。数学的発明とはそんなものだ。たとえば、人々が"ゼロ"を発見して共通認識とするにも数百万年かかっているんだよね。人の共同体による「個人」の発見、というのも、自然科学上の発明と言えるだろうなぁ。
http://www.sqr.or.jp/usr/akito-y/kindai/50-america2.html ――これは正しいけど、"神様"の手を借りなきゃならないとは不完全な論理だなぁ。あんた達の理想はどこへ?
――ちなみに、私には、近くの人が血を出したり、痛そうな声を上げたりすると、情けなくも、膝の辺りの力がガクッと抜けたような感じになってしまう性癖がある。
――これは欠点なのか、美点なのか。
――もし後者であったとしても、映画を観てもTV報道を観ても全くそうならないのだから、あまり意味がない......; ;
 よって、P1は、(逆にP2も同様)
    P2の内部状態は少し解るし、そのうち何を意識したかも少し解る。
    P2が、Jと自分P1を観察しJについて共通認識を得たのは解る。
    P2が、自分P1の内部状態のうち何を観察できたのかは、少し解る。
 したがって、P1が、P2の次の手を予測すること、どっちが勝つかを予測することは、全く不可能とは言えない。


 ただし、とんでもなく困ったことに、
    相手も同じ手段によってこちらの選択を予測してくることが可能である
ので、
    勝てるとは限らない......(爆


 では、ジャンケンの神様が出てきたらどうなるか?
この神様は、心理予測の神様です。
相手が、いま何を観ているか、お見通しです。
相手が、それを観てどう考えるかも、お見通しです。
結果として、相手の心の動きを手に取るように見通せます。

......(編集中)